写真美術館へ

東京都写真美術館で次回企画展〈夜明け前ー知られざる日本写真開拓史2〉のパンフレットをもらってきたのですが、似た構図の写真と錦絵が並べて掲載されていて、それぞれ明治5(1872)年、明治9(1876)年のものだったのですが、それはつまり類似した構図で写真のほうが錦絵よりも先に撮られていたということで、もしこの二点に関連性があるとしたら「写真をもとに錦絵を描いた」ということに違いないので、当時の錦絵師というのはそんなにあっさりと写真という舶来の最新技術を受け入れたものなのか、となんとも意外でした。

また、現在公開されている企画展〈イマジネーション/視覚と知覚を超える旅〉をみてきました。驚き盤、エティエンヌ・ジュール・マレーの作品、といった映像の黎明期の名品と現代の作家による作品で構成されていました。
要するに過去の巨匠の作品と、まだ生きている若い作家の作品が並置されていたのですが、驚き盤がかなり素朴なつくりをしていたり巨匠の映像がザラザラで白黒である一方、現代の作家はフルハイヴィジョンで撮影していてかなり高そうなプロジェクターで出力している、というアンバランスさが面白くて、こういった顛倒した状況というのは他の分野ではなかなか見られないんじゃないか、いやでもそういうこともないか、とまとまらない感想を抱きつつ、まあ閉館間近だったので、駆け足でみてきました。

宇川直宏《Fresh Fruits, Vegetables & ANIMA MxKxM》 2003年 ⓒDisneyは、野菜とくだものの模型を組み合わせたものに、ある角度から光をあてるとミッキーの影が見える、というものだったのですが、ああ、福田繁雄《ランチはヘルメットをかぶって…》(1987)と一緒だな、と思って、いや、とても有名な作品だし、ネットで検索すればきっといろんなところで指摘されていることだろうと思ったら、そうでもなかったので、むしろそのことが意外でした。いや、人のアイデアをパクってけしからん、とか言いたいのではなくて、アイデアというのはこのようにして継承?されていくのだな、と思いました。福田繁雄の作品は、この、フォーク、スプーン、ナイフ848本を溶接してオートバイを作った作品の他には、はさみ2084本で日本丸をつくったり、ボトルやグラスでパリジェンヌをつくったりしていて、要は日用品の組み合わせから違う物の影をつくり出すというコンセプトですが、宇川氏のは、同じく日用品から出発しつつも映し出す影はさらに高度に記号的なものである点でより分かりやすいというか実体とイメージのコントラストが明確になっているのだろうと。つまり使っている原理は一緒で中身がより抽象的になっているということで、まぁ、若干ずるいかんじはしますが単純に巨匠のパクリとは言えないかもしれない、と思いました。位置づけとしては、ウシの肩の上に乗って干支競走の一番乗りを果たしたネズミのような。


村上華子



宇川 直宏《Fresh Fruits, Vegetables & ANIMA MxKxM》 (2003)


福田繁雄《ランチはヘルメットをかぶって…》(1987)