工藤哲巳回顧展「あなたの肖像」カタログ

いま大阪の国立国際美術館で開催中の工藤哲巳回顧展「あなたの肖像」のカタログをはるばる送っていただきました。写真もテキストも年譜もぎっしり詰まった電話帳くらいのボリュームの中のほんの数ページ、フランス語の文章を和訳しています。お手に取る機会がありましたら探してみてください。

工藤哲巳は60年代に奇抜なパフォーマンスで注目を集めた人物ですが、その後フランスに渡りパリを中心に活動していた芸術家です。彼が考案した、絵を描くマシーンの概要、などのフランス語の文章を訳しました。彼の文章、と言ってもその時代の日本人芸術家がフランス語を書いたのか、というかほんとうに本人が書いたのか、と思うかもしれませんが、というか私もそう思いましたが(失礼)どうも本人ぽい、というのがカタログを見た印象です。というのも本人の手稿が何枚か収載されているのですが、手慣れたかんじのきれいなフランス語が流れるように連なっていて、内容は彼の作風を反映した、エロ・グロ・放射能というかんじですがそのコントラストも相まってけっこう意外でした。工藤哲巳は当時、というかその昔からずっとそうであったように日本の画学生がパリで油画を習って、西洋文化を胸いっぱいに吸収して帰ってきて偉い先生になる、みたいな図式を正面から拒否して奔放にエロ・グロ・放射能な作風を展開したそうです(たぶんカタログにそう書いてありました)。しかしその一方で、かなりフランス語を学ぶ努力をしていたのではないか、と私は勝手に推測します。手稿は渡仏してから10年後の1972年のものなので、まあ10年も経てば、という気もしますが、そのくらい住んでいてもぼーっとしていれば最後まで片言の人だっているので、けっこう学んだかあるいはものすごく頭の良い人だったのではないかと思いました。作品だけ見るとかなり暴力的で、汚物がこっちを睨み返しているような強烈さがありますが、じつは奔放なだけの人物ではないのかもしれません。もっとも、手稿だけ何度も直した可能性もありますが、そのあたりの人となりはきっと工藤弘子夫人がご存知なのでしょう。
そんなことはどうでも良い、最後に残るのは作品だからそれさえわかれば良い、という向きもあるかもしれませんが、現に留学している身からするとわりと重要なポイントである気がします。今でも留学する人で、自分は作品をつくりにきたから語学に費やす時間がもったいない、という人もいますが、そして短期の場合はそれでいいときもありますが、工藤はそういうパターンではなかったようです。一見、我が道をゆく作風で勝手にやっているように見えますが、じつは戦略的につくられていて、ちゃんとフランス語で自分の作品を説明する工夫もされていて、それを何年も何年も続けて自分の作風にしていっているのだということがわかります。ともかく実はかなり勤勉な人なのではないか、というのが私の印象で、この分厚いカタログをぜんぶ読んだら彼のことがもっとわかるかもしれません。展覧会のほうもかなり圧倒的な物量がありそうです。
展示自体は東京国立近代美術館青森県立美術館に巡回するそうです。一時帰国のときにみられるかな…。